6月

花便り    (紫陽花)    キビの芽 6/7  (育つ 記録) キビ  6/22  (育つ記録)
 

6月12日(日)

鹿島神宮

茨城着物ジャック

楼門13:00集合

鹿島は遠〜かった。

鹿島に着いた時は車酔いで体調は最悪でした。

薬局に駆け込みました。

親切なお店で助かりました。薬は偉大です。

気分上々で復活、歩く、歩く。

楼門手前に手水舎にて「洗心」

楼門 1634年水戸光圀の父、徳川頼房公が奉納

「鹿島神宮」の扁額が東郷平八郎の直筆です。

百手式の行列 (6月第2日曜)

楼門を通りました

拝殿へ目指します。

拝殿前にて  この奥に本殿、神木があります。

拝殿の上がり端の柱に細工もの

拝殿の入り口の張りの所に鹿の細工

午後、茶道の先生方が拝殿に、

その後は拝殿前のテントで家元のお手前披露が

有りました。

午前中は古武道奉納演武大会が有りました。

 (6月の第2日曜)

仮殿

さざれ石

「君が代」に出てくるさざれ石です。

楼門を通ってすぐに有りました

鹿園 二ホンジカが沢山いました。

餌は人参、この方は優雅にあげてますが、

私は鹿の口パクに恐る恐るって感じです。

百手式の会場にお供え物が並べられていました。

雌雄の魚、菓子

キジも雌雄

的に向かって  矢羽は白と決まっている。

百手式 一斉に雨垂れのごとく的めがけ矢を放つ

 殿と家臣でしょうか。

奥参道 自然のアーケード。日傘無しで行けます

奥馬場とも言われ「流鏑馬」(やぶさめ)が

行なわれる舞台にもなるそうです。

奥宮 徳川家康が関ヶ原の戦勝のお礼に本殿として

奉納。徳川二代将軍秀忠の社殿の造営の際に奥宮

として現在に位置に、 重要文化財です。

奥宮 随分立派だなと思ったら

元本殿だったからなのね。葵の紋だし。

奥宮の真後ろの立派な木も神木?だった?

本殿と同じ様に設置されているでしょう。何?

塀の外に大木があるから、神木ではなかったかも。

大鯰の碑   手先の方角に行くと要石

      奥の道は2本とも国道51号へ

水戸黄門さん、好奇心の強い方ですね。      試してガッテンみたいな所ある。        

要石 霊石で地震を起こす大鯰(おおなまず)の頭をおさえている鎮石とも言われています。

坂道を行く(下り)と御手洗池に、帰りはのぼり。

御手洗池(みたらしいけ)  鯉がいる。

池の周りを一周り。奥に 涌き水が出る場所有り。

一日400kl以上の清水が涌出しているそうです。

売店 みたらし団子 手打ち蕎麦など

茨城着物ジャック002号さんの背中に。

着物ジャック鹿島神宮

楼門に13:00集合!

ポーズは力強く手を上げて「着物ジャック」の声

地元の方

大鳥居の方に向かう

神宮前商店街

バックと単衣の着物をチクチクとお手製。

涼しげです。猫柄帯可愛い。

おお〜、帯とバックお揃い、お手製。

不思議な大きな石3個 何?

土産はトチノキペンダントです。

キャッツアイみたいな木目が気に入り購入。

今日の手提げは小さめ。

ストッラプは。鈴入りウッドビーズ玉です。

会津の桐下駄 着物は単衣の銘仙、博多半巾帯

半襟はウッドビーズ使用の花ブローチ2ヶ付き

ミニ博物館に寄りました。

一階に超好みの展示部屋が有りました。

テレビ前でまるで、住んでいる様な感じ。

レトロな部屋で写真をとってもらいご機嫌で〜す。

楽しい一日でした。

かなり古いアイロンです。炭入れて使うらしい。

6月10日(金)

いとこのパン屋さんへ

こだわりの手づくりパン

関城のパン屋「スプーンおばさん」 このおばさんの強さが気に入ってるそうです 一押し商品は「田舎パン」だって。

500円ランチ (日替え)

パン、サラダ、デザート、スープ、コ−ヒー付き

仕事仲間と行きました。ピンクの服がいとこです。

一人でパン屋をこなすパワフルな人です。

余分なものが入っていない手づくりパンです。

食べた感想は油っぽくなく素材の良さを感じました。

6月5日」(日)

笠間日動美術館

猫まみれ展」

  笠間稲荷の通り            マロンこんこん堂さんの

壁の絵

お茶しちゃいました。

 (ブレンドコーヒ−)

オナーの奥様の話に花が咲き

他のお客さんとも和気あいあい

楽しいひと時でした。

マロンこんこん堂の奥様が

お薦めのかりっと胡桃饅頭

佐白山のとうふ屋さん

今日のメインはここでした。

豆腐職人のぶさんのお店です。

色々な豆腐作りに挑戦している

http.//www.toufuya.biz/

2011年6月1日(水)

BSプレミアム 19:30〜20:00放送

美の壷 紬

紬の話が流れるというのでみました。

結城紬はほとんど小山の紬関係者が出ていました。

家族で見ていたのですが、ほんの少しですが、

おじいさんとおばあさんの昔の写真がでました。

おじいさん(勘一さん)にはお会いしておりませんが、

おばあさんとは暮らしていました。

とっても懐かしく思いました。