市嶋千枝子作品集 綴織つづれおり 山辺知行 解説(二冊目紹介) 市嶋千枝子作品集 綴織 であるがこの本を結城図書館で借りたのは、単に綴織が知りたいという知識欲ではなく、解説の山辺知行氏が担当しているために、借りた。山辺氏は私が資料集め及び私物資料収集の中でも自分の状況にあっている人物というか、文章が厳しいながらも的確な言葉によって数多くの染織家を牽引してきた部分があるとおもう。そして、山辺氏の解説とともに、市嶋千枝子さんの残した作品の綴織が写真によって紹介されていくのである。山辺氏は市嶋千枝子さんと互いに何度か挨拶程度にともに過ごした時期もあったが、市嶋さんは物静かで寡黙な印象だったために会話はほとんどしていない状態だったとして、市嶋さんが亡くなられて源流社の染織資料を出版するにあたり、山辺氏が抜擢されて、市嶋さんの作品をみて、これは20年あまりの歳月を見落としたことはなんともとんでもないことをしてしまった。と感じたのだという。また、悔いても仕方ないとしている。<写真>について山辺氏はこんなことを言っている。引用させてもらう。ーーーーー写真というのは、造形的な美術作品の製作に対して非常に効果のある文明の利器で、それは人間の眼の記憶の不確かな処や、見落とした処など機械の眼で一様に正確にみせてくれる。ただ心すべきは、もし創作的な意図を失って、それにのめり込んでしまうと、それは芸術性の希薄な単なる模倣になってしまって、作品としての感激も迫力もないものになってしまう。ーーーーーーーと<写真>について述べている。市嶋さんの綴織の作品をみると私はどうしても、粒子の細かいどこにでも入り込む砂漠の砂をイメージしてしまう。色が赤や黄色味を帯びているせいもあるが、染めに比重をおけば確かに綴織によっての作品より、より絵画のような写実的な表現もできると思うが、あくまで綴織のなかで綴織によって悪戦苦闘してその末に作品が成り立っている。砂漠の砂は容赦ない照りつけを連想させるものかもしれないが、山辺氏は市嶋さんを物静かなイメージ(印象)としてみていたが、織物へむけられた熱量は、容赦ない照りつけの砂漠のような風景の中にひとりたたずむ市嶋さん自分自身の姿が綴織だったのかもしれない。 北村陵 北村織物