本場結城紬の絣くくり職人の衰退と歴史 結城紬 染色部門 伝統工芸士 北村陵

漠然と原稿にしている。この記事はあくまで私し、いち個人の意見にすぎないと解釈していただきたい。絣の歴史は日本でいうと沖縄から全国に伝わっていったといわれている。過去に本土から沖縄へ絣は伝わっていったともあるがこれは見事にくつがえり、沖縄から本土に絣は伝わっている。結城紬の絣の前にひとまず全国の絣をみてみたい。特に私がみて独特だなぁと思う絣は久米島紬にある。沖縄だからだろうか、あまりみかけない絣模様がある。日本三大紬と呼ばれるようになって大島紬と結城紬は該当しているが、国の重要無形文化財に近年指定のかかった久米島紬はそこになをつらねてもおかしくはない。大島紬については日本を支えてきた紬であることは間違えない。絣技術も見事であり、泥染めとなるとやはり紬を語る上でも絣を語る上でも染めを語る上でも重要である。結城紬の生産者の私は大島紬のどこを参考に動いているかを述べたい。まず統計である。統計を調べてみると面白いことに気がついた。大島紬も結城紬も後継者不足に苦しんでいるのは共通であるが、大島の統計は五年後の結城、いやもっと短い時間でせまってくるかもしれないが似ているのである。例えば大島紬が年間生産反数が産地全体で2分の1に減少した、という統計が出たとする。するとまるでそれを真似するかのように結城紬も大島紬の統計を追うのである。これではまるで結城紬の関係者は課題の答えを最初から用意されているかのようである。つまり、大島紬の統計を追うということは時間差こそあれど結城紬もそうなるのでそれに対応していけばいいのである。これで私が書いた記事や言ってきたことがなぜか当たっているというのはつじつまがあってくる。かんがいいひとは途中できがついてしまったかもしれない。参考になるものがあるということはそれだけ有利でありこれを有効にしないと統計をだす意味がない。今、自分がやってることは無駄なことだと人は思う。それで言えばはるかに私の方が無駄にしてきた時間は多い。だが一度でいい。ひとつだけでもいいから成功体験をすることである。すると無駄に思えたことが無駄ではないと思うようになる。参考にならないかもしれないが資格を目指す、それでもいい。一回でも経験すれば、次に何かをするときに、今、自分がやっていることは無駄でつらいことだと思ってもすでに経験していればどのくらいのペースでどのくらいの長さでどのくらい時間がかかるのかなどがわかり無駄が減っていくばかりではなくそれに耐えることもできるようになる。経験しているので対策がとりやすいのである。考えは広くて浅いと人はいうが、その考え方が古い。それであれば、広くてしかも深くすればいい。過去にあった物は何が伝統だ、そんなもの壊してやると思う人がいる。それ自体は悪くないが過去にあったことやものを参考にしているのでそこで初めて既成概念を破壊しようとなる。つまりそのくりかえしが今にいたってるのであって昔を知らなければ既成概念の破壊のしようもないのであり、過去にあったものも必然があって作られている。それがなければどこをどう改善したらいいのかもわからない。ここで伝統的工芸品をみてみよう。この業界はものづくりが中心だ。その技術がどんなに優れていても作れなくなった途端、骨董品に変わる。結城紬でいえば、240亀甲ベタ、200蚊絣ベタの着尺が該当する。私は200蚊絣を再現したいと言ったがつくれないことは自分で自覚していた。糸の厳選からスタートすればそれだけはじくものも多くなる。糸が不足している現状からすると至難の技になる。絣にあてる制作時間は長くなり、その制作期間は無収入で耐えられる環境が必要だがそういう環境はあるかときかれるとわからない。だが目標がないよりあった方がはるかにいい。それから絣くくりの職人をみているとどうもカラダを酷使しすぎて歯がダメになったという人が多い。仕事があればその時に現金にしたいと思うかもしれない。だがそれではダメなのだ。歯が弱ってしまうのは人間なので当然であるがペースがつかめていないから無駄にりきんでしまうのである。私が考える対処法は絣くくりとは全く別のまったく異なることをすることである。私はほぼ毎日ウォーキングをしている。健康のためでもないがただ歩くという作業だ。これをするとバランスがとれるようになる。前途するが絣くくり職人はカラダを酷使してペースがつかめていないので歯をダメにしてしまう。だがそれとはまったく別のことをすると、うまくりきみがとれたりペース配分がうまくなったりするものなのである。このようにして人は学んでいくのである。