本場結城紬の糸不足    結城紬 染色部門 伝統工芸士 北村陵

本場結城紬の糸不足


最近、東京新聞の夕刊で産地のかかえる糸不足についての掲載があった。その補足としての情報を説明しよう。 本場結城紬の手つむぎ糸は、屑繭(クズマユ)や玉繭(タママユ)などの養蚕で出た売ると二束三文になってしまう繭を使って、糸がひかれてきた。厳密には、結城の殿様が鬼怒川の氾濫を恐れ養蚕を福島県へうつしている。鬼怒川の氾濫は桑畑をダメにしてしまい、蚕の飼料がなくなりそのとしをぼうにふることだってあるという問題をさけていたのである。一般的な糸とりは、農閑期に女性がおこづかいを稼ぐ感覚で糸とりを覚え、実際には結城紬には関心があるわけではない場合が多く、自分の糸がどのように使われていくのかなどは興味のない人が多かったのととくに雨の日にも糸がひけることで効率的な作業であったのである。とくに命の危険があるわけでもなく、糸をひいてその稼ぎで孫に駄菓子を買ってあげたりするなど糸をひく人の側の都合もよかった。 しかし、現在は糸不足になっている。その多くは職人の高齢化と述べてきたことの延長として離農も要因にあたると私は思う。現在の多くの人は畑は担い手制度で農業を行っていない場合も増えており、そうした農業と密接にあった紬はだんだんと従来のいとなみが途切れつつある。また、現実問題としては半農で紬業をする織元も現在もないわけではないが、糸の職人を目指すというのは極めて稀な形である。とくに糸とりを習得しても手つむぎ糸は時間がかかり糸だけの収入で若い世代は生活が成り立つのかというと難しい問題も抱えている。糸とりだけの問題ではなくそれは国の重要無形文化財の主要三要件もあてはめられると思う。糸とり、絣くくり、地機織りの3つはどの部門も後継者不足である。織りである結城紬は地機織りの製織部門が最も多くの伝統工芸士がいるがそれでも高齢化の問題を抱えているし、絣くくりも親から次世代という従来の伝承も狭き門にしている。どの部門も後継者不足ということは産地全体で対策を練って後継者育成をしても現代精神とはかけはなれている。そうしたなかで伝統を守っていくしかないということは先細りの状態は今後いっそう加速するだろう。