本場結城紬の図案紙より考え抜かれた織物図案紙は日本に存在しない。考え抜かれて誕生した本場結城紬の図案について     北村陵

企画化された図案紙、結城紬、産地の絣導入より、絣は急激な発展を遂げた。

本場結城紬の図案の企画化や絣導入などは、過去の私の残した記録を調べてもらいたい。

織物はタテ、ヨコの組み合わせによりなりたち、その中間に位置する細かい絣模様となるものは、この本場結城紬の独特な図案紙に内包されている。

この図案紙より考え抜かれた織物の図案紙、いうなれば設計紙は全国でおそらく一番であるだろう。

この図案紙が例えば正方形の通常の方眼紙であるならば、絣はより単調で退屈なものとなっていたと思われる。

この基礎となる図案紙は、欠点が存在しないという、いわば完璧を求めたがゆえに誕生した。

結城紬のタテ方向のラインをみてもらいたい。ラインとラインの間にタテ糸が入り込み、次はヨコのラインを

みてもらいたい。ラインとラインの間にヨコ糸が入り込む。升目の中間、中央、もしくはラインの上に模様をかく。

大きな長方形にはヨコ6、うちライン上2うち地4(絣の上下2本地糸以上、それ以上はあり例 上:下の地糸、2:3 3:2 3:3など)、

中央2。中央は絣(絣糸、十字絣は往復2),でヨコ基本、計(絣を含めて)6以上、地は2本上が二回の計、地4以上。

ちいさなヨコ状にした長方形には3、うちライン上2、中央1(絣糸)、タテヨコ図案の交差部分などに絣を配置してもよい

亀甲絣の場合、柱、チラシ、柱とつながり、絣糸が3連続する。

さらに、紬研究家すら説明しない事実をかくならば、タテは160が3(地3絣1,地、絣、地、絣、地)になり、

タテが100は5(地、地、絣、地、地、次に絣)、80が7(地、 地、地、絣、地、地、地、次に絣)となり17算(63羽)の同じオサ(筬)でつくれる。

絣の切り替えによってそれらに、絣の下糸があり地は一本増え、筬の差し方は上記のようになる。

このくらいは販売者は説明できるよう産地もこころがけてもらいたい。たんにヨコに亀甲が80個ならぶから80亀甲というみわけでなく、

絣の切り替えによってだけでも、亀甲生地のタテの地と絣の配列だけでも読み解けると。(図説a下記に記す)

さらに100亀甲の糸を19算の筬でつくるのが120亀甲である。これはさらに細かい特殊な筬でめのつまったいい紬ができる、

などたくみな意匠が可能となる。21算が200亀甲の筬だ。240亀甲が生産されたことがあるが特注の筬をそのためにこしらえたといわれている。

現在は尺幅以上の着尺をつくるのが一般的で、従来の筬では尺を出せないため、この筬のきりかわりの時代をむかえている。

しかしながら、結城紬のような織りの織物はとくに織り目をみるとよいとされており、この計算術は消費の時に

そのまま通用するので絣も織りもわかるようになるので覚えよう。

正方形図案紙では本来再現することのできない複雑な絣が生産することが可能になっている。

人間国宝の方のつむぎも図案化できて2Dで表現できうる。それが織物といえる。

 本場結城紬 北村織物 五代 北村陵

図説a

160、100、80、のタテ 経糸の入り方 このパターンの繰り返しとなる。これらを筬に通す