現代の織り 誰でもできる織物 小名木陽一 編 大角徳江 藤野靖子 冨田潤 仁尾敬二 能口育子 著 旧石器時代は、絶えず獲物を狩るために安定のない移動をする狩猟が中心の生活であった。それはラスコー洞窟画にもバイソンやマンモスの写実からうかがえ知れる。新石器時代になると農耕や牧畜が始まって生活が安定的で定住的になる。人類が織物を始めるには少なくても三つの条件が必要である。まず経糸を等間隔に平行に並べ緯糸をそれぞれに直角に交差されること、そのためには経糸の奇数と偶数を選び出す能力が必要になる。こうしたことは、数理的な抽象概念は新石器時代の安定の定住から始まった牧畜や農耕によって人類はメカニズムを獲得したとみられている。新石器時代の抽象文様が現れ始めたことは、安定と定住によって空間認識が生まれ、円や四角や三角の連続文が描かれていることからも、こうした抽象形態を創造していく過程で織物に必要な平行、直角、奇数と偶数の抽象概念が生み出されるようになったと考古学上考えられている。人間特有の毛髪は人間だけが長い頭髪と局部の体毛を残して裸になってしまったのかも興味深い問題で、髪の毛を結うことと糸を扱う技術との関連が指摘されているが考古学上、結論へ導くことがいまのところ困難であるという。では衣服を着る目的は何かというと、着衣によって識別や誇示、威嚇を行うためであると考えられているままとなっている。絹の起源は、古代中国だという。紀元前2650年の昔、黄帝の妃、西陵氏が繭から糸をとりだすことを考え出したことが始まりとされている。また現代の精錬と漂白は、精錬はアルカリ類を用いて精錬され、漂白は酸化漂白剤と還元漂白剤を素材によって使い分けるという糸を染める前の処理は確立されたものになっている。

秀吉の陣羽織 ペルシャで織られている。染め司よしおか継承者の吉岡幸雄氏が敷物を着物にしたのは秀吉のこれで最初で最後だろうと著書で説いている。綴れ つづれ 織りで有名

鳥獣文綴織陣羽織 京都 高台寺蔵