LIBRARY iichiko 着物の文化学 CULTURE OF KIMONO PART1 WINTER2013NO.117 河北秀也 監修 編集及び研究ディレクター山本哲士氏の書き残したディレクターズノートの記事が興味深いものと私にはうつる。その中の共感と思わしき文章を引用する。キモノの意味を言説化していくことは大事である。という一文章の言葉である。もう一つあげるならば、この文章である。<仕事がいそがしくなるとつい、洋服を着てしまう。それは労働に便宜であるが、文化は失っていく、それが体感的にわかった。>という部分である。わたくしごとの等身大の話をすると、紬とはどういうものかということを考えてみると、生産においては、10年以上のキャリアをつんで、また紬の現場をみてみると必然的に必要な、必要になる要素をあげるならば、やはり資金面(資金確保)での安定化もなければ、生産に集中して打ち込めるものではなくなってくる。というものである。単に体力の衰退だけの問題ではない心理的なものにもさしかかるのである。この難しい問題は生産者になってみると必ず出てくる問題であると思う。生産は、産地問屋から私どもの機屋(はたや)などの織元に完全受注によって生産は成り立っていた。不景気のうねりとキモノ需要のふたつによって成熟期をむかえた結城紬生産は、はるか長い伝統を伝承されて生産されてきたが、問屋と機屋の関係も崩壊をむかえた。産地問屋は注文を出すことがなくなり、やむなく路頭に迷う生産者も出始めている。こうした事態は2010年のユネスコなどの文化に関わる組織が、ユネスコ無形文化遺産のリストアップして登録をかけたという危機リスト入りを果たすという不覚にも不名誉的名誉にもみえうることを一生産者として覚えたのである。こうした現実になると生産は原料を仕入れること、それを使って織物をつくること、それらの二つをとぎれることなく継続性をもたせること、の三要素が生産においては重要な要素となり、資金面を強化することがその三要素を安定的円滑に一番意味があることとなっていく。資金面強化というのは私の場合であればコンビニで夜勤をすることで一応の形はとってはいるがいつまで続くかわからない。そして、この著書の話にまた戻すと、こうした事例には先例があったことを知るのである。インタビューによって織物の現場をえぐり出す手法のこの著書及び資料は、とくに牛首紬(うしくびつむぎ)という石川県の織物を製造する代表取締役専務のインタビューにかさねてみるとこができるのである。その文章を要約すると、ーーーー牛首紬を復興しようとしてつくるけれども売れないということが繰り返された。当社の場合、建設というスポンサーがあったから、なんとか牛首紬を復興できました。加藤さんも別のところで働きながら牛首紬に取り組まれていました。もし、牛首紬一本に絞った復興だったら、もっと難しかったでしょう。ーーーーという部分であるが、こうした事例は推測では他の織物も同じような復興をとげているものもあるのではないかというきがする。こうしたインタビューによっての資料、ないし記録はこれから先の生産者にはもっと意味や重要性は増すものであると感じる。というのも何かしら、仕事が悪化していると危機管理能力があるとすれば好循環に軌道をもどす作用が出るのは当然のことであり、書き留めたものがそこに誠の意であれば貴重であり、うそであれば資料を記録する意味はなくなってしまう繊細なものが情報である。また歳月に左右されないような資料を残すことも同時に難しい。この本は結城図書館で借りたが、結城図書館が染織資料を削減した意味は削減しなかった資料を重点的によんでもらいたいから残したのか、と好意的に思っている。 北村陵 北村織物