結城紬の歴史 全公開版

前656  ・神武天皇5年、天富命、阿波の忌部を率いて房総に行き、椿、麻(木綿由布木という)を植えさせた。
前50   ・崇神天皇48年、豊城入彦命を東国につかわして治めさせた。大桑神社(現結城市小森)は、その子孫大桑臣を祀る。
  ・このころ多臣命、(おおかみのみこと)が、三野(美濃)より久慈国(茨城県久慈郡)に移り、機殿を作って長幡部施(ながはたべのあしぎぬ)を織り、毎年神調として朝廷に献上した。この織法が結城紬の粗法といわれる。
199 (大和時代) ・仲哀天皇8年、融通王(弓月君)が来朝して、蚕種を献上、その後、桑栽培が盛んになった。中国人、百済人が多数帰化し製織の技法が進んだ。
701(大宝元年) ・常陸の蚕影山で蚕種を製造し、結城でその市が開かれた。茨城県筑波郡田井村に蚕影神社があり、古くから養蚕家の信仰があつい。
769(神護景雲3年) ・この頃、鬼怒川の沿岸は洪水に悩み、朝廷はその改修に務めた。
807(大同2年) ・「古語拾遺」の文中に、結城郡の起源が見られる。
1332(延元元年) ・「庭訓従来」(玄慧法師撰)が刊行され、その中に諸国名産の一つとして「常陸紬」の名が記載された。  
1479(文明11年) ・この頃、鬼怒川、田川の水害は甚だしく、結城地方の養蚕は衰える。
1601(慶長6年) ・結城秀康が、越前福井に移封となり、結城代官として、伊奈備前守忠次が就任、在任
10年、結城紬の改良に功があった。「結城紬」の名称が定着する。
1638(官営15年) ・「毛吹草」の中に結城紬の名称が出る。
1712(正徳2年) ・「和漢三才図絵」に紬の名が出る。
1748(寛延元年) ・「総鹿子」刊行され、その中に結城の名があり。
1781(天明元年)  ・この頃、下館付近の農家から白木綿が織り出され、続いて真岡木綿の名もおこり、結城縞木綿も有名となり多く生産された。
1866(慶長2年)  ・中河原の大塚いさ、須藤うたの両女によって、はじめて紬の織りが織られた。
1873(明治6年)  ・オーストリアの世界博覧会に結城紬が出品された。
1880(明治13年) ・東京に木綿呉服問屋組合が初めて設立され、下館、結城の問屋もこれに加入した。
1886(明治19年) ・鈴木新平(先々代)の主唱により、結城織物組合が結成され、同時に検査を実施することになった。
1889(明治22年) ・奥村亀二郎(結城最初の国会議員)の主唱により、常総野蚕業集団会が開催された。
1900(明治33年) ・明治天皇陸軍大演習のため笠間行幸の際、結城紬をご覧になりお買上げ賜わる。
1902(明治35年) ・「結城織物史」全1冊が結城市の坂本大次郎により刊行さる。
1904(明治37年) ・日露戦争の戦費をまかなうため織物消費税が定められ、89年には永久税となり、昭和24年まで続いた。 
1906(明治39年) ・菊池貞之著「きぬのほまれ」が刊行された。
1907(明治40年) ・陸軍大演習が結城を中心に行われ、明治天皇結城行幸の際、結城紬を上げ賜った。
1912(明治45年) ・本場結城織物同業組合を結成、認可された。
1923(大正12年) ・茨城県工業試験場が結城に開設された。
1929(昭和4年)  ・天皇陛下、水戸に行幸の際、結城紬を天覧、お買い上げ賜わる。
1933(昭和8年)  ・結城紬の県営検査がはじめられた。
1944(昭和19年) ・本状結城織物同業組合解散、茨城県工業試験場が廃止された。
1946(昭和21年) ・茨城県、栃木県それぞれ個別に「本場結城紬織物協同組合」が設立された。
1948(昭和23年) ・茨城県工芸指導所繊維支所が結城に開設された。
1950(昭和25年) ・茨城県繊維工業指導所が設置された。茨城県、栃木県合同で本場結城紬織物協同組合(6部制)が設立された。
1953(昭和28年) ・6部制の組合がそれぞれ離脱、専門別の組合となる。茨城県が結城紬を県の無形文化財に指定する。英人陶芸家バーナード・リーチが柳宗悦氏、浜田庄司氏とともに結城紬を視察。栃木県紬織物指導所が小山市福良に設置された。
1956(昭和31年) ・本場結城紬「平」が国の重要無形文化財に指定される。
1958(昭和33年) ・茨城県本場結城紬織物協同組合が設立された。
1961(昭和36年) ・結城市を中心に、関係各市町村により財団法人重要無形文化財結城紬技術保存会が設立された。
1962(昭和37年) ・茨城県本場結城紬検査協会が設立され、紬買取後の毎反検査が実施される。
1967(昭和42年) ・栃木県本場結城紬織物振興対策協議会が発足する。
1974(昭和46年) ・結城紬の買取後検査を、生産者検査に移行する。
1974(昭和49年) ・茨城国体の際、鬼怒商業高等学校において、結城紬及び真綿かけ、糸つむぎ、絣 しばり、はた織りの実技が天覧に供せられた。
  ・NHKの連続テレビドラマ“鳩子の海”の舞台が結城に移され、結城紬の人気が高まる。
1975(昭和50年) ・茨城県本場結城紬織物工業組合と、本場結城紬織物協同組合が合併して、新たに茨城県本場結城紬織物協同組合と改称。栃木県本場結城紬織物協同組合設立さる。
1976(昭和51年) ・文化財保護法の改正により、保持者の認定が団体となり、171名によって本場結城紬技術保持会が設立された。
1977(昭和52年) ・結城紬が伝統的工芸品の指定を受ける。結城紬伝統工芸士が認定された。染2名、 絣くくり6名、織り8名。
1978(昭和53年) ・本場結城紬検査協会を法人化し、本場結城紬検査協同組合が設立された。 
2010(平成22年) 本場結城紬がユネスコ無形文化遺産に登録される。

 

2012年改定