結城紬
ここでは結城紬の生産に秘められた3工程の自伝レポートです。
糸つむぎ糸 (1)袋真綿50枚がひとつの取引単位 (2)50枚の袋真綿を糸にするまでの時間 (3)凸凹や節のない糸をひけるまでの技術 これらの条件は糸をとる人への負荷である。 今では凸凹のない平らな良い糸をとれるようになったが、 時給では換算できない仕事だ。まず、原料の袋真綿は150枚はものにならない糸で、使い道がない。織れる作業の手前までいけいないようなどうしようもない糸だった。150枚以上作業して、自分なりのコツがつかめた。試行錯誤のすえ、獲得したといえばそれまでだが、原料と道具との関係や理屈がつかめてくるのがこの150枚を超えるあたりだったわけだ。何も考えなかったらもっと無駄にしていただろう。個人差がありさらに向き不向きがある工程だ。 おぼえれば、原料があれば、糸がつくれるという、いざというときの武器になる。 <予備知識> 手つむぎ糸とは、<手紡ぎ糸><手紬糸>といわれる。ただし<手紡糸>とは、機械によって生産された糸で<てぼうし>という。この<手紡糸>は、本場結城紬産地では、偽物の糸といわれているもので、生産価値、は極めて乏しい。希少価値がない。付加価値もない。よく活字だけで判断すると間違えられている語彙だ。上記の生産レポートは<手紡ぎ糸><手紬糸><手つむぎ糸>の生産のことである。 |
かすり(絣) (1)木綿糸で、手つむぎ糸をしばる (2)均一な力加減でしばれるようになるまでにかかる時間 (3)図案とおなじ柄がつくれるまでの技術精度 これらの条件を満たすには、親(師)が必ず必要になる。いない場合、信じられないような時間の浪費がまっているだろう。簡単な柄であれば、男性にしかできないといわれるが、誰でも出来る。ただ図案どおりに柄がつくれるようになれば、誰も文句はいえない(いわばプロ。)工程だ。 <予備知識> 絣くくりは、残したい色の部分の上を木綿糸でしばり(防染)、その上に濃い色で染めて、色を残し、柄にする。これが基本である。上記はこの絣くくり(手括り=てくびり、手くくり)の生産レポートである。絣くくりと対極関係にある(いわば正反対、真逆)のがスリコミ(=直接染色法)というものである。その柄づくりは、薄い色の糸に濃い色の染料を直接糸につけて(柄が)つくりあげる。その後の染色はない。薄地に柄を、という需要によって行なわれる柄作り方法で、賛否両論の技法。絣くくりとスリコミの両方できるというのが理想だが、どちらかにしてくれといられたら絣くくりが残るだろう。 |
織り (1)織り機は地機 (2)体が織り機の一部で、むらなく織れるかどうか (3)一人前の仕上げの作業だといわれるまでの時間 おそらく私の知る限り、結城紬の生産のなかで最も負荷がかかる作業である。地機で織っている、織れるというだけである意味、<はく>がつくような工程だ。写真は帯を織っているが、織ったことがない状態から5m織るのに4ヶ月もかかった。向き不向きも当然あるが、私は向かないほうだと痛感した。織れる人がうらやましい。 <予備知識> 本場結城紬の産地では、織り機が2つ(高機=たかはた)(地機=じばた、ぢばた、いざり機=いざりという言葉が後に私語になった。そのため現在は地機で統一されつつあるようだ。)があるが、高機で織れるというのは産地では評価されない。高機は織れてあたりまえくらいの織り機なのだ。現に私がそうである。上記は地機で織るが基本にある。地機でどれくらい織れるかが評価の対象になり、私のように帯のように、はばがない織物で地機5m織るのに4ヶ月かかったというのははっきりいって趣味の世界である。 |
| あとがき |
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3工程の全てに<時間>と<技術>と<経験>の関係性と条件があることに気がついたと思います。ほとんどが大人の暗黙の了解としてありますが、あえて自分が<素人というの立場>から書いたもので、実体験も混ざっっています。参考にして下さい。また、結城紬の良書とめぐりあえ!といられてもその人その人の立場によって核心にせまるものが違ってくると思います。ただ、ここに書いたことは生産者の立場になるなら参考になると思います。よくもわるくも、私は自分にだけわかる日記とレポートのようなものを書き続けています。これは<結城紬が生産できなくなったときのため>の資料なのです。そういうものをつくっておくと苦境、逆境のときに大変便利で、役立つときがくるような気がします。できれば、最善最良の資料をついひつしていきます。 (北村 陵) |
つい筆
| 結城紬の書物<技術がものをいう>と後継者の課題と評価 |