結城市の歴史 近代結城のなりたち

引用 参考書籍 結城市史 第六巻 近代現代通史編 発行:結城市  編集:結城市史編さん委員会

 

特有農産物の推移

結城地方の特有農産物としては実綿、藍、菜種、煙草草などがある。このほか、蚕種、養蚕、桑苗、

製茶の生産もさかんであった。これらのうち、以下で実綿、藍、蚕種製造、養蚕、桑苗生産、製茶

についてみてみよう。

 

実綿の衰微

実綿は旧幕時代、自家用ないし一部は販売用として結城地方の町村で生産された。たとえば、上山川村

では、木綿の産出が明治初年には1500反から3000反におよんだが、これらの木綿の原料は、

ほとんどこの地方でとれたものである。

上山川村の<一村限帳>(会沢至氏蔵)にも、婦女ハ耕作ノ余木綿縞織ヲ業トスとのべられている

ことからも農民の副業として重要だった。この地方の綿織物が<結城木綿縞>として売り出され、

真岡木綿の産地と隣接していたことからも、実綿の作付けはかなり広く行われていた。

重要抜粋:1890年代に入ると外国産の安い木綿におされて急速に衰微した。1905年(明治38)

以降の統計史料には実綿の作付けはみられなくなっている。

 

藍は旧幕時代から染色の原料として作付けされていた。生産にはかなりの労働を必要とするため、

作付反別はそれほど多くはなかった。

重要抜粋:明治末、作付けがほとんど行われなくなっているのは、実綿と同じ。

 

蚕種製造

茨城県西部の鬼怒、小貝川沿いの地方は、古くから蚕種の製造地帯としてその名を知られていた。

開政開港により、生糸輸出と並んで蚕種の輸出がさかんにおこなわれるようになると、結城地方

でも蚕種生産が再びよみがえった。

重要抜粋:長文で書かれているが、抜粋すると関根民吉氏が荒れ地も耕したりして桑畑にしたり

と好成績。さらに養蚕者は絹川組と称する養蚕組合が組織され、蚕種は絹の里と称するものを

つくり、販売された。関根氏は蚕種検査員に任じられ、つとめたという。