結城市の歴史 近代結城のなりたち

引用 参考書籍 結城市史 第六巻 近代現代通史編 発行:結城市  編集:結城市史編さん委員会

P763

販売の統制(1)

1938年(昭和13)7月に公布された物品販売価格取締規則によって各商品の最高

と最低の価格が政府によって決められ、結城紬の販売も統制の枠にはめられること

になった。翌年8月には県が結城紬の販売価格を告示し、最高額を抑えた。この

販売価格は1941年11月に廃止され、その後消費税の増微や物価上昇に対処して

何度か販売価格も改定された。このような販売価格の統制は紬の生産に多大な

影響を与えた。結城紬製品中で男物の平縮縞の生産が減少の一途をたどったのも、

縞物の買入価格が他種に比して安価に釘付けされたためであった。(a)。1942年

4月結城紬織物同業組合副組合長鈴木新平は新公定価格(b)の実施が買継商、

生産者に与えた影響を県経済統制課宛に次のように告知している。まず買継商に

ついては<新公定価格ノ引下ゲニ依ル生産減ト産元利潤ノ底トニ陥ル状態ニアリ>

と指摘し、生産者については公定価格の取下げが予想をはるかに上回ったため影響

が大きく<最近ノ状況ニテハ生産高半減ノ見込ナリ>と述べ、紬生産の将来について

<前途ハ減産ノ一途ヲ辿ルモノト思フ>と結論づけている。(c)。

 

(a)鈴木家史料より

(b)旧価格は1941年11月廃止

(c)鈴木家史料より

 

<販売の統制(2)に つづく>