結城市の歴史 近代結城のなりたち

引用 参考書籍 結城市史 第六巻 近代現代通史編 発行:結城市  編集:結城市史編さん委員会

P990

真綿と紬糸

結城紬はなめした真綿を<つくし>にからませて、一端から指頭でつむ

ぎ出した紬糸を原料としている。方法による紬糸の生産はこの地方で紬

が作られるようになって以来今日まで受け継がれている。機屋は真綿の

まま原料を買う場合と紬糸を原料商から買う場合があり、両者を取り扱う

のが原料商の一般的な経営形態である。結城市内にはこのような原料商

が現在11軒あるが、うち2軒は紬卸商の兼営である。現在本場結城紬

原料商協同組合に加入している原料商は27軒を数える。結城市のほかは

小山市(6軒)、下館市(4軒)に集中しているが、一部は農村部で兼業

に原料商を営んでいる。1951年(昭和26)には39軒(茨城県24軒、

栃木県15軒)の原料商を数えたから、最近かなり減少していることが

わかる。結城市の11軒の原料商についてみてみると、明治期創業が5軒、

大正期3軒、昭和戦前期1軒、戦後2軒となっている。原料商には創業時期

が明らかでないほど伝統の古いものも何軒かあるが、経営規模は必ずし

も大きくない。従業者についてみてみても1950年代に原料商の兼営を始

めた卸商1軒を除いて、雇人を抱えた原料商は1軒もない。家族従事者も

1〜2名が大部分である。このような経営規模は戦後ずっと変わっていない。

1959年(昭和34)の調査でも結城市の原料商は1軒平均2,2人の従事者を

持っていたが、下館市では平均1,3人の従事者の従事者にすぎず、両市を

通じて雇人は1人だけであった。現在結城市の原料商11軒について専、

兼業別にみると前述した卸商2人の原料商兼営のほか2軒の兼営者がみられ

るほか、すべて専業の原料商である。専業の原料商にしても、ほとんどが

1〜2名の家族従事者による営業であるから、原料商は小規模は自営業者で

あり、機屋との関係も真綿や紬糸の供給をめぐっての支配従属関係はほとん

どみられない。取引きもほとんどが現金取引きであり、掛売りは例外的に

みられる程度である。

 

 

<真綿と紬糸 おわり  >