結城市の歴史 近代結城のなりたち

引用 参考書籍 結城市史 第六巻 近代現代通史編 発行:結城市  編集:結城市史編さん委員会

P1002

卸商と機屋の取引き

戦前にくらべて織物が高級化するとともに機屋の地位向上が目立って

いる。機屋はほとんど織機を所有し、一部は委託生産を行いながら

自己の生産品を店頭に持っていって卸商と取引きしている。機屋の

卸商との取引関係をみると、1軒の卸商とだけ取引きするという場合

が圧倒的に多い。最近の調査では茨城県側では1軒の問屋とだけ

取引きするという問屋が67.2%を占め、2軒との取引きが28%、

3軒が4.2%となっている。栃木県側についてみると1軒が74.8%、

2軒が22.4.%、3軒が2.5%となっている。両県を平均すれば約70

%が卸商1軒だけと取引きしている。織物が高級化し、機屋の自主的

な生産がほとんどなくなったことが戦後の特徴であり、このような条件

で機屋の取引きする卸商が1軒となれば、卸商への従属性が高まる

可能性もある。しかし、地機による技術の高級化によって、大量生産

はいよいよ困難となり、最近では生産が需要に追いつかない状態が

続いているため、機屋は何時でも取引先を変えることができる状態に

なっている。卸商は機屋の技術に合わせて図案を出して注文するが、

価格について何等のとりきめもせず、融資もしてない。注文してから

製品ができるまでに長期間要するため、市場条件の変化を予測できない

ばかりでなく、製品について責任を持ち兼ねているので、価格を予約

できないのである。卸商はどこでも取引先の機屋が他の卸商に移らない

よう細心の注意を払っている。卸商はどこでも得意先の機屋を足しげく

訪問して注文品生産の進行状態をみて回り、さらに他の得意先まで

訪問して取引先の拡大につとめている。この地方では卸商の機屋訪問

を<畑まわり>と称して従業員の日課としている。他店に得意先をと

られることを<畑を荒らされる>といってきらっている。機屋は織り

あげた反物を検査所に持参して合格の証票を貼付してもらうと、

注文を受けた卸商を訪ねて価格の交渉に入る。この交渉が難航すると

卸商は顧客としての機屋を失うことになり、適切な評価が卸商の営業

成績に直接かかわることになるので、評価は慎重に行われている。

卸商にとって機屋に渡す図案の作成も重要な仕事である。卸商はまず

新しい意匠をこらした創作図案を入手し、これを基礎に特殊方眼紙に

設計した設計図案を作成する。創作図案は集散地問屋が入手して卸商

に注文として渡す場合と卸商が独自の判断で入手する場合がある。

いずれも新しい消費動向を見込んだものであり、これを基礎に卸商の

手許で設計図案が作成され、機屋に注文して渡される。卸商が買入れた

紬は京阪神、名古屋、東京などの都会に送られる。直接小売店に送られ

ることはほとんどない。新しい消費地として東北、北海道が期待された

が、 現在でも未開拓地域となっている。戦後の調査では約6割が関西

に送られ、残りが名古屋、東京方面に送られている。卸商の取引きを

見ると資本力の大きい卸商に関西への出荷が多く、小資本の卸商ほど

東京への出荷に重点を置いている。

 

 

<卸商と機屋の取引き おわり >